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メンバー紹介

”師匠” こと川田さん(キーボード、三線、ボーカル担当)

 リンケンバンド、初代ネーネーズの追っかけから始まり、沖縄の自然を愛し、文化に見せられた筋金入りの沖縄通。三線、ギター、キーボードをこなし、まぶい組を主宰する。沖縄音楽の他、ハワイアンにも造詣が深く、ウクレレをおなかに乗せて嗜む姿が、ライブでも時折見られる。なお、沖縄の民謡の知識は、ウチナンチュ(沖縄の人)の唄者もびっくりする程。まぁ、プロフェッサーと言うに相応しいが、見た目が師匠と言う事です。


”組長” こと金城憲市(ボーカル、太鼓、お囃子担当)

 要するに、まぶい組の組長。10代の終わり、日本一周バイク旅行で沖縄を訪れ、沖縄に魅せられて以来の沖縄フリーク。那覇マラソン、全島エイサーへの参加の他、自宅にクース(古酒)瓶を備え、ほぼ毎日嗜んでいる。2006年の琉フェスでは最前列の席で騒ぎすぎて、翌年からステージと客席の間にフェンスが設置されたとか!?  ある意味、ウチナンチュよりウチナンチュらしい”ヤマトンチュ”。


”アキヤン” こと秋山(ギター、三線、ボーカル)

 本人曰く、父親が登川誠仁氏に似ているから、僕にもウチナンチュの血が流れてる!等と分けの判らない事を言っている四国出身。学生時代からジャズをたしなみ、ずっとサックスをふいていたとのこと(最近メンバーが調査し本当であった事が判明)。数年前沖縄居酒屋で、師匠、組長と知り合い、いつの間にか沖縄に魅せられた。ギターはそれから始めたとの事であるが、その腕前は中々のものと高評価を受けているとか!?  最近はメンバーにそそのかされてボーカルに挑戦している。


"MASUMI” こと真澄(ボーカル、三板)

 言わずと知れた、まぶい組のメインボーカル。小さい頃から唄が大好きで、師匠との出会いで沖縄音楽に触れる。師匠の下、血のにじむ様な特訓を受け、現在まぶい組のボーカルとして、内外(バンドの内外)から高い評価を受け、中にはMASUMIのボーカルを聞きたい為に遠くからライブに駆けつける人も少なくない。本人は知ってか知らずか、彼女の沁み通る唄声は、沖縄の素朴な自然や人の裕さととても解け合っている。しかしその実態は案外姉御肌だったりする!?


”アンビル” こと安蒜(ドラムス、ボーカル)

 ”ハマショー(浜田省吾)” が大好き、毎年北海道まで追っかけをしている。組長と知り合い、この道に入ってしまった。とにかくジャンルを問わず音楽知識が豊富で、本人が知っている曲を年表を追って調べるとなんと、彼が3歳の頃からポップスを聴いていたと言う事が判明。ある意味天才である。これは、何回唄っても歌詞を覚えられず、「あれ」「それ」「なんとかっていう」を連発するアキヤンとは正反対の結果であった。

 最近急な左遷のため、日本海へ転勤する事になり、まぶい組イベントには新幹線通勤する事となった。しかし左遷の割には、会社の期待が大きいらしく本人は大変そうである。


”IKU” こと育(三線、唄者、エイサー)

 三線、唄者、エイサー、の他、作曲、作詞、ポスター作成、衣装制作、ロゴの作成、エイサー振り付け等、とにかく多才、多芸、多能、と・・・、まぁ、言い換えれば皆に何でもお願いされてしまうイク。まぶい組には、無くてはならない存在です。ハイ。

 まぶい組に参加する前から、島唄に魅せられ、三線をつま弾いていたが、アキヤンに無理矢理まぶい組に引き込まれてからは、多才、多芸、多能と・・・・。ハイ。


”すーさん”こと泡盛とうさん(ベース)

 すーさんといっても、釣りバカ日誌のスーさんでも無く、ミャンマーのアウン・サン・スー・チーさんの親戚でもありませんが、本来「泡盛とうさん」がネットネームの彼、まぶい組の年齢層から言って(笑)、「とうさん」とは呼びづらいと言う事から、急遽「すーさん」となりました。

 しかしながら、見るからに「とうさん」という風格ですが、まぶい組のサポートメンバーとして、ベースで参加です。


”ヤマヤン”こと山家さん(ドラムス)

 後ろ姿が、アンビルにクリソツ、っていうか、ドラムをやる人ってタイプが似てるのかなぁ?って感じです。

 ロックから歌謡曲迄こなすと言う、かれも沖縄音楽は初めてとの事、アンビルが新潟へ出稼ぎに行ってる間、とても頼もしいサポートです。

 


Copylight 2007, まぶい組  All rights reserved.


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